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MT

ご無沙汰しております。
お元気でしょうか。
わたくし、ハナブタは元気でございます。

さて、去年もこの話を載せたかと思いますが、今年も行ってきました、MT。
MTとはmembership trainingの略語。韓国の大学では毎年この時期に1,2年生を中心に行われます。
わたしが所属する大学の日本語学部でも、在学生の一部と新入生、そして教員、学部アシスタントが参加します。正直申し上げますと、ちょっと面倒だなあ、なんて思うこともあるのですが、行ってしまうとなかなか楽しいもので、学生たちとのゲームなどは人一倍張り切って参加してしまうのです。

今回は、30日金曜日から2泊。わたしたち教員は30日から1泊。
金曜日の1時に学校を出発し、まずは夜間部の学生がいる統営(トンヨン)に向かいました。
あいにくの雨、しかも豪雨のなか、K教授の運転する乗用車で向かいます。
雨で道は混み、しかも道を間違えてしまうというハプニングがあり、2時間で到着の予定が3時間かかってしまいましたが、無事に学生たちが泊まっているペンションに到着。
学生会のメンバーが迎えに出てくれ、新入生たちが広間に集まってきました。
1時発の日本人教員メンバーは5人。
大学に入ってから日本人と初めて話したという学生もいましたが、みんな緊張しながらも話しかけてくれました。
中には、好きな女の子の話をする学生もいて、その恋の行方が楽しみです。
どうか彼の想いが女の子に届きますように!

小一時間ばかり夜間部の学生と話し、次は昼間部の学生たちが待っている丹陽(タニャン)に向かいます。
そこまで車で4時間半。途中まで土砂降りの雨の中を、車はひたすら北上していきます。
7時半頃夕ご飯をPAでいただき、またひたすら北上。

ソウルにほど近い、タニャンに10時半ちょっと前に到着。
車に乗っているのが大好きな私も、さすがに雨の中の高速を走っている緊張感と長時間座っていたので、ちょっと疲れましたが、休む暇もなく学生たちが待っている集会部屋へ向かいます。
後発の5時に学校を出発しタニャンに直行した日本人の先生たちはすでに到着しており、
わたしたちの到着を待っていてくれました。

教員がそれぞれ挨拶自己紹介し、その後、学生会が用意したゲームで盛り上がり、
優勝したチームには商品が!
(これがなかなかいい商品らしいのです)
ゲームが終わり、みんながそれぞれの部屋に戻り、今日はこれで休めるかと想ったら大間違い。
これからがMTの本番(??)です。
次は、わたしたち教員が学生たちの部屋に行き、お酒やゲームやおしゃべりで交流する(?)のです。
なかなか話せなくて、ここぞとばかりに日本語炸裂で話し続ける学生もいれば、
じれったさを覚える学生もいたり、恥ずかしがって話せない学生もいたり、
見ていると、微笑ましい新入生の初々しさがこちらにも伝わってくるのです。
こんなとき、お酒が思い切り飲めたら…と自分のお酒が飲めない体質が恨めしいのですが、
それでもこうして短い時間でも、学生たちと過ごせるのはいいものだな、と思います。

実はわたしは日本語学部に所属はしていても、教える対象は他学科の学生の教養日本語と、
日本語学部では3,4年生が対象の授業を受け持っているので、今回のMTに参加している学生とは学校内での接点がほとんどありません。せっかくMTで知り合えたのに、学校内で会うことはほとんど無いのが寂しいモノです。でも、まったく知らないよりは、ちょっとだけ顔を知ってもらえただけでもラッキーとして、
挨拶だけになるけれど、学生たちとの出逢いを続けていきたいと思います。

行くまでは面倒だなって思っていても、
やっぱり今年も楽しかったな・・・MT。


タニャン


今年のMTはここ。りっぱなコンドミニアムでした。

***はなぶた***



# by makikobuta | 2012-03-31 21:59 | 日々のこと 나날의 일 | Comments(4) 

懐かしい町との再会

大学の講義の中には、大学生だけを対象に授業するものだけではなく、
一般人向けに行う授業もあります。
今学期初めて、一般人向けの日本語の授業をすることになりました。
ある程度、日本語を習った経験のある方が多いので、レベルは中級になるだろうか。
中には「みなさん、お上手なので心配です」という方もいましたが、
なんとか、やっていけそうな感じです。

さて、この一般人向けの授業は、日本語のほかに、英語、中国語があります。
開校式があり、講師陣は控え室になっている、学科事務室で待機していました。

わたしより先に来ていた英語圏から来ているらしい男性の先生。
ちょっと遅れてきた中国語科の中国人の女性の先生。
意外と思われる方も多いと思いますが、
初対面の人に話しかけることがちょっと苦手なわたしは、静かに開校式の時間が来るのを待っていました。

が、中国語科の先生が話しかけてきました。ここでの共通語韓国語で。
英語で話しかけられたら…なんて、ちょっとどきどきしていたこともあったのですが、
彼女は韓国語で「○館の先生ですよね?」と、わたしの研究室がある建物の名前を言って、
わたしを知っていることをいってくれた。
わたしも実は彼女の顔は知っていたのですが…。

ふたりでこれから始まる授業のことや、共通の知人のことなどを話していると、
中国語科の先生が、先に来てた英語圏から来たらしい男性の先生に声をかけました。
すると、彼は韓国語で答えているのです。
英語圏から来た講師は、あまり韓国語を使わないことが多いのですが、
彼はゆっくりと韓国語で話していました。
それを聞いてほっとした私は、彼にいろいろ質問。

どこから来たのかと聞くと、カナダだと言いました。
カナダ!!!
1995年の4月から約一年間、わたしが滞在していた国です。
ワーキングホリデーで行った国なのですが、もう、どっぷりはまってしまい、
永住権の申請までした、想いが強い国でもあります。
あれこれ事情があり、結局永住権はとらなかったのですが、
今でもカナダに行きたいと思うことがよくあります。
そのカナダ…わたしが滞在していたのはトロントとカナダの東の端にあるハリファックスという港町。
トロントは大都会なのですが、ハリファックスは20万人ほどの田舎町です。
でも大西洋やリンゴ農園、岬などの美しい風景をすぐに見ることができる、いいところです。
「カナダ」の一言に、わたしのカナダ熱がふっと高まり、
わたしがカナダのトロントとハリファックスにいたことをいうと、
「ボクはハリファックスから来たんだよ」
とのこと。
…もう、声になりませんでした。

韓国に来てからも、何度も何度も、もう一度行きたいと思っていたハリファックス…
その町の出身者が目の前にいるのですから…。

でも、今の私はその当時の英語力さえもなく、いっそ自己流に固まってしまった韓国語でしか
彼とは話ができません。
もうちょっと、英語をしっかり身につけておけば…
いや、これからでも遅くはないぞ!
もう一度、カナダに行きたい…
その想いを、英語の勉強に載せてみようかな、と思った夜でした。

***はなぶた***

# by makikobuta | 2012-03-05 22:56 | 日々のこと 나날의 일 | Comments(4) 

初節句とお雛様

日本では今日は「ひな祭り」です。
女の子の節句です。
実家にはお雛様が飾られていました…10数年前までは毎年。
でも、ここ数年は、飾られていない…かもしれません。
わたしはここ数年、この3月3日を韓国で過ごしているので、わからないのです。
家にあるお雛様は母方の祖母が、わたしの初節句の時に贈ってくれました。
オルゴールがついている、ケースに入った三段飾りのお雛様です。
お雛様もお内裏様もきれいなのですが、
わたしは三人官女が好きでした。
右大臣と左大臣は、ちょっと怖い顔していて、
なぜ、片方がお爺さんなのか、ふしぎでした。
若くてもいいのに…と、思っていました。

母からも妹からも話が出てこないので、
たぶん、お雛様は飾られてないだろうな…。
そんなお雛様ですが、母は、わたしか妹か、先に結婚した方にこのお雛様を贈るからねといっています。
妹の方はよくわかりませんが、
わたしは両親には申し訳ないのですが、ここ数年はそういう報告はできそうもないので、
お雛様もあきらめるしかなさそうです。

まあ、妹が「お姉ちゃんにあげるよ」といってくれたら、
遠慮無くいただきます。

初節句の写真には、ベビーチェアに座ったわたしの後ろに真新しいお雛様があります。
仙台と釜山で離れて過ごす桃の節句。
今日は、ちょっとした記念日です。

***はなぶた***

# by makikobuta | 2012-03-03 18:15 | 日々のこと 나날의 일 | Comments(2) 

再発見と新学期

今年の冬休みはいつもと違う「学習」の日々が多かったのですが、果たして、これを「学習」といっていいものかどうか…。けっしてそのひとことでは収まらないことだけは確かなのです。
ぴったりしたことばがわたしにはまだ見つけられないので、今の時点では「学習」ということにしておきます。

プサンに戻ってきてからも「学習」は続いていて、冬休みに一緒に授業を受けた仲間とのやりとりや、日々あったことなどをメールや電話、ときには映像をつないで相手の顔を見ながらのおしゃべりをしています。いつもの休みとは、ちょっと違う、なんとも忙しい、でもかなり愉しんでいる日々です。

今日まで東京の「授業」でお世話になった先生がプサンにいました。先生といっても、わたしにとっては長年のメル友。「先生」なんていうと、ちょっと歯がゆい感じがします。

メル友さんにとって釜山はまだまだ新しい土地。約10年近く住んでいる私にはすでに「ふつう」に見えていることも、かなり衝撃的に新鮮に、興味深く目に飛び込んでくるようです。
そんなメル友さんと一緒にプサン市内を歩いていると、わたしもいつのまにかニューカマーのような気持ちになり、観光客さながら屋台の長い列に並んでみたり、いつもは素通りしてしまうお店で店員さんと話し込んでみたり、普段の生活ではあまり食べない韓国料理を立て続けに食べていたり、そしてお店のお客さん同士でおしゃべりしたりと、もう一度プサン、韓国に来たころの自分に戻っているのです。そして、ここ数年、見えなかった、見ようとしなかった韓国の人々の表情を、生活を、息遣いを意識してみるようになりました。
「もう、こんな国から早く出たい!」「日本に帰るんだ」と何度いったか知れないけれど、
今、メル友さんのおかげで、韓国のいいところ、プサンのいいところ、韓国の人々のいいところを心に刻んでいるのです。

そして、帰らずに今日までいたわたし自身にも、ちょっとありがとうと感謝したい。
それ以上に、メル友さんには感謝…感謝しきれないほどの感謝です。

ありがとうございます。


さて、昨日から新学期が始まりました。
一年生の緊張感は「反応なし」から「つくりすぎの笑顔」までさまざま。
先輩たちは一年生をフォローし、それにしたがう新入生。
見ていてほのぼのしてきます。

この学生たちと今学期、15週間をともに勉強していきます。
どんな授業になるのか、どんなクラスになっていくのか、学生たちは学期末にどんな目標を次に立てるのか、楽しみにして…

これから(8時から)夜間の授業が始まります。
外は雨のせいで冷え込んでいます。
学生たちが風邪を引かないよう、
教室が暖まっているといいのだけど…

***はなぶた***





# by makikobuta | 2012-02-28 18:59 | 日々のこと 나날의 일 | Comments(14) 

家具屋と散歩道

卓袱台の高さのテーブルで、パソコンをしていると腰が痛くなってきます。
足もしびれやすくなって、、看護師をしている友達に静脈瘤になりやすいんだから気をつけないと!
と、脅されます。
血管をふさがないように、血液を流れやすくするためにも水分をちゃんと取って!!
言っとくけど、コーヒーは水分にならないからね!
…と、仙台に帰るたびに言われます。
コーヒー好きの私には、コーヒーが水分じゃないとの言葉はかなりグサリとくるのですが、
ありがたいことです。

で、あまり体に負担をかけないように、と机を買うことにしました。

家具屋さんのカタログで机を見ていると、テーブル(食卓)でもいいかなあ、と思い、
見せてもらいました。
椅子が2つついて17万ウォン…
そっか、それぐらいだったら大丈夫だな。
と、一旦家に帰って、どれぐらいの大きさまで大丈夫なのか、机を置く場所の寸法を測って
明後日また家具屋さんに行くことにしました。

家具屋さんから家に帰るには、いくつかの帰り路があるのですが、
今日は、かなり気に入っている住宅街を通って帰って来ました。



この写真の左側のビラ(低層マンション)を見ると、ここに住みたいなって思うのですが、
この辺りはお家賃がかなり張るのでわたしのお給金ではとても無理…
前を通って、ちょっとだけ想像の世界に入って満足しています。

3年前はよく通っていたコーヒー屋さんに立ち寄り、友だちに手紙を書きました。
プレゼントでいただいた万年筆はすらすらと、ことばを繋いでくれました。



コーヒー屋さんを出て、散歩道を歩くと、新しいコーヒー屋さんができていました。
「花水木(hanamizuki)」とローマ字で書かれた看板は西日に照らされてキラキラしていました。
近いうちにここに来よう、そう決めて、坂道を下りました。




***はなぶた***
 

# by makikobuta | 2012-02-20 19:24 | 日々のこと 나날의 일 | Comments(4) 

おそい初詣

韓国の冬休みは12月にある期末試験が終わってから2月の終わりまで約2か月間。
学生たちは期末試験が終わってすぐ休みに入りますが、教員は試験の結果を出したり、
成績をつけたりするので、12月末までは仕事です。

学生たちに一足遅れて、お正月を迎えるのとほぼ同時に冬休みに入り、
お正月の混雑を避けて、でもお正月気分も少しは味わえるように、1月5日に日本、仙台に帰りました。
この休みは東京である「授業」を受けるために、ちょっと長めに日本に滞在することにして、いつもより1週間長い日本滞在でした。

去年、大きな怪我も病気をすることもなく無事に過ごせたお礼と、今年も穏やかに過ごせますようにと初詣へ。
家からほど近い青麻神社(あおそじんじゃ)へ。山に囲まれ、ひっそりと静まった神社をお参りするのは心地がよく、一月の冷たい空気が、だらけ気味の気持ちを引き締めてくれます。お参りをして、お守りを受けて、塩釜へ。
車を30分ほど走らせ、塩釜神社(しおがまじんじゃ)へ。
大きな神社ということもあり、正月三が日の後でも多くの人が訪れていました。
神社の中にある御神木を見に行きました。約40メートルの高さです。
カメラを構えても、わたしの小さなデジカメにはとても入りきらず、あきらめて見上げて手を合わせました。
そのとき一緒にいた母が
「この高さの津波が来たんだね」
ぽつりとそういいました。

想像をはるかに超える津波が襲った福島、宮城、岩手の海岸…
ニュースや新聞でその高さを数字で伝えてはいたのですが、なかなか想像することはできなかった。
それを、この御神木の高さで知った。
この高さの波が、水の塊が、襲ってきた…

ぞっとした…

そして、もう、こんな災害で人々が悲しまないようにと、手を合わせた。

信仰心があるわけではないけれど、なんだろう…社寺はわたしにとって落ち着く場所です。

***はなぶた***

# by makikobuta | 2012-02-20 10:10 | 日本のこと 일본의 일 | Comments(3) 

アジュンマ、アガッシ、サモニム

自由に伸び放題になっている髪を整理してもらおうと、
久しぶりに美容院に行きました。

大通りのバス停ではなく、ちょっと歩くけど片道一車線のバス通りにあるバス停でバスを待っていました。
そのバス停の真ん前に病院があります。その病院から出てきたおばさんがわたしを見て
「アジュンマ、もう、42番のバス行った?」
釜山のバスは時刻表が基本的にありません。時刻表が必要ないくらい頻繁にバスが来るからです。
そんなバスのことはどうでもいいのです。
おばさんに「アジュンマ」…そう言われたことに、ちょっとばかし、心が痛みました。
まあ、年齢的には確かにアジュンマ(=おばさん)なのですが…。久しぶりの韓国的ストレートパンチにちょっとよろけました。

さて、美容院で気分良く髪を整えてもらい、
次は、ちょっとだけ切りましょうねえ。と、きれいなお姉さんに言われ、ふふふ~~~んって感じでお店を出ました。
時間は6時を過ぎようとしています。
帰り路でキンパp(=のりまき)でも買おう!
そう思い、これまた久しぶりに市場の中にあるキンパp屋さんによりました。
ここのはボリュームがあって美味しいのです。普通のフランチャイズのキンパp屋より1000ウォンぐらい高めですが美味しいからよく買います。
ちょうど、「お持ち帰り」のラッシュ時間。キンパp1本を買うのに10分ほど待ちました。
電話予約したおばちゃんたちが次々とお店に来て、自分が注文したものを受け取って行きます。
キンパp1本なのに、かなり待たせているなと思ったお店のおばちゃんが、
「アガッシ、ごめんね。待たせちゃって」
あまり謝らない韓国なのにちょっと驚きました。
そしておばちゃんが言った
「アガッシ」(=「お嬢さん」とか「お姉さん」)ということば…。
髪をきれいにしてもらったから、ちょっとだけ若く見られたんだな。

キンパpを買って、明日の朝のパンを買って、バス停に向かいます。
あ、そうそう、バスカード、チャージしなきゃ。
と思い、バス停の前の小さいお店に入りました。
お化粧の厚い、真っ青のアイシャドウをべったり塗ったおばちゃんがレジにいました。
「10000ウォン分、チャージしてください」
とお願すると、
「サモニム、そこの新聞取ってくれないかい?」
と、お客であるわたしに、レジのこちら側にある売り物の新聞を取ってくれと頼むおばさん。
新聞を渡して、チャージの済んだバスカードを受け取って店を出ましたが…
「サモニム」(=奥様)って…

今日一日で、わたしは
アジュンマ(=おばさん)になり、
アガッシ(=お嬢さん)になり、
サモニム(=奥様)になり…

人によってこうも違うものなのですね。
まあ、ときどき
ハクセン(=学生さん)にもなりますが…

年齢不詳?

***はなぶた***


# by makikobuta | 2012-02-17 22:08 | 韓国文化 한국문화 | Comments(2) 

出逢い その3

韓国に来て約9年…途中、日本に帰ったこともありますが、
1年もいなかったので、2003年からほぼ9年近く、韓国で暮らしています。
韓国に来たのは、日本語を教えるため、仕事のために来ました…と、言ってきました。
でもホントのところは違います。
大好きな人がいました。結婚の約束までしたけれど、結局、それは叶わず…。わたしは途方に暮れ、ひとりぽつんと取り残され、仕事をぽいっと捨てて日本に変えるわけにもいかず、胸の中に空いてしまった空洞をどうやって埋めていいのか分からなくて、ものすごくさびしい思いをしました。

結婚するはずのその人ともう、駄目かなあ…と思いはじめていたころ、その寂しさを埋めるかのようにある人に出逢いました。その人は、冷たくもこういうのです。
「会わない」
登録したメル友募集のサイトで、わたしのプロフィールを見て、メールをくれた人でした。
「会わない」という条件で(文字通りの)メル友になってください…。正直、「絶対会わない」ことを約束してくるなんて、どうかしてる、そう思いました。いつか、機会があったら会いたいな、なんてことを、寂しい思いでいっぱいだったわたしは考えていたからです。
だけど、わたしは「会わない」約束をして、メル友さんとのメールのやり取りが始まりました。文通みたいに…

そのメル友さんと約9年…今もメールのやり取り、ときどきは手紙のやり取りをしています。
メル友さんは自分の過去のことや周囲の友達のこと、それから日々のできごとなどを話してくれますが、どんな仕事をしているかとか、家族のこととか、年齢とか…を秘密にしてしまって、話してくれませんでした。
そんなメル友さんとは正反対に、仕事のこと、家族や友だちのこと、仕事のこと、今好きな人のこと…わたしはどんどんメールに書いては送っていました。今も同じです。
メールの上でケンカしたり、励ましてくれたり、笑ったり、泣いたり…もしかして本当は会っているんじゃないかって思うほど、近い存在になっていきました。
韓国での嫌なことも、嬉しいことも、このメル友さんは知っていて、もう何度も「日本に帰る」と言っては、「今年も韓国にいることにしました」と決めたことも知っています。
「韓国なんて大嫌い!」っていうメールを書くたび、
メル友さんは「また病気が始まった」そう思っています。
そしていつも温かく見守ってくれます。

始めたころは日に2,3通交わしたメールも、日が経つにつれ少なくなることもあり、去年はほとんどやりとりはありませんでした。ときどき思い出した時にメールを書くような気まぐれさで…

だけど、去年の12月…
メル友さんの「夢」を知って、わたしたちは会うことになったのです。
「生涯会うことのない」メル友さんに…。

メル友さんはズルをして、以前勤めていた日本語学校のサイトのアルバムで私の写真を見つけていたので、顔を知っていました。だけど、わたしは分かりません…まあ、名前を知ってはいるから、インターネットで探そうと思えば、いくらでも手段はあったはずなのですが、そうしなかった…知らなくてもいい、知らないほうがいい、そう思っていました。
どんな顔なんだろう?
どんな声をなんだろう?
どんな話し方をするんだろう?
どれぐらいの年の人なんだろう?

会うと決めてから、会うまでの時間。
緊張と不安と楽しみと…
複雑な思いで、その瞬間を待ちました。

目の前に現れたメル友さんは、ちょっと華奢な感じで、顔に皺がたくさんあって(おじいちゃんじゃありません!)、目がすごく優しい人でした。
笑うと目じりにいっぱい皺がよる…
うわ~、この人なんだ!!!
と、想像よりも上に見える年齢にちょっと驚いたりもして…

メル友さんは「おはようございます」
そう言って、話を始めました。

このリズム、話し方のリズム…知ってる。
メールの文章、そのまんま。声が、そのリズムに乗って、
メールの文章そのまんまでわたしの耳から体の芯に響いたのです。
聞いたはずのないその声が、いつも聴いている、親しみ馴染んだ声になっていました。
その心地よさは、一生忘れない…

9年という時間…
メールの中で、いろんな話をしました。
メル友という枠の中で。

これから、メル友さんの「夢」を一緒に叶えるために、歩んでいきます。
メル友さんは日本で、わたしは釜山で、夢に向かっていきます。
「夢」をこの韓国、釜山で実現させるために…

今日もメル友さんにメールしながら…

***はなぶた***

# by makikobuta | 2012-02-17 11:53 | 日本のこと 일본의 일 | Comments(0) 

出逢い その2

メル友さんの「夢」にわたしも加わることにして、実現のため、東京に滞在してた数日間。
仙台人のわたしがこんなに長く東京にいたのは初めてでした。
まず、授業に参加するために1月の下旬は東京に1週間。
そして、ステップアップのための授業に参加するため2月の初めに6日間。
2週間近くを東京で過ごしたのですが、たぶん、この冬休みだけではなく、これから休みごとに東京に滞在して「夢」の実現に向かっていくことでしょう。

毎年毎年、いろんな人と出あいます。一次的なこともあれば、しばらく続くこともあります。しばらく一緒にいて、離れて、また出あったりもします。わたしが暮らしている釜山にいる友だちは、釜山の生活の中でわたしにはかけがえのない、いてもらわないと困ってしまうほど…それほど大切な友達です。でも、「いてもらわないと困る」という人は、その友だちだけではなく、わたしが関わっている総ての人がそうなのですよね。もっといえば、私が関わっている人のまわりにいる人たちも、その周りの人たちも…いなくてはらない存在なのです。
そんな大切なことを体で分かったのです。
知ってはいました。みんな大事な存在なのだと言うことは…でも、しっていただけで、分かってはいなかったのです。

いつもの休みのように仙台にいたら、会うことのない人たちに会うことができました。
自分が行動することで、「出逢い」というものは必ず起こるものですね。
無人島などに行かない限り、自分の殻に閉じこもらない限り、出逢いはあります。
出逢ったら、ずっとずっと大切にしていけたら…そう思います。
べったりと一緒にいることだけが大切なのではなく、普段は遠い所にいても、毎日連絡を取り合うようなことはしなかったとしても、ふと、思い出したときに「元気?」なんて気軽に話しかけられる楽しさ。その時間はその人のことをちゃんと見つめていられること。それが大切にすること…なのかな。
上手く言えないけど、わたしはそう思っています。

この冬休みに出逢った人たちは、みんな日本で生活しています。きのうまで日本にいた私は、今日は海を隔てた韓国にいます。
大した距離じゃないとは言っても、離れていることには変わりない。
だけど、今の時代、嬉しいことにインターネットなんて言う、時間の枠を超えてしまうようなシステムがあるのです。非常に心強い。
これを使えば、ここにいても日本にいる友人たちに、仲間に、家族に、大好きな人に会える。

だから私はまた今日も、パソコンの前に坐って、
メールやブログを楽しんでいます。
わたしが叶えたい「夢」のために…

***はなぶた***


# by makikobuta | 2012-02-13 01:51 | 日本のこと 일본의 일 | Comments(9) 

出逢い

気がつけば、古い日付のまま12月が、お正月が、1月が過ぎていました。
ひさしぶりの更新に、さて…何から書こうかなと、キーボードをたたきながら考えています。
12月に引っ越した釜山の新しいアパート(ワンルーム)で、パソコンに向かっています。
上の階の人の生活音が時々聞こえてくるぐらいで、とても静か…。

静かすぎるので、弟から借りてきたCD「沖仁」をかけています。

この冬休み、かけがえのない、忘れることすら意識できないほどの日々を送りました。それはわたしにとって遠い存在だった「東京」という街を近しく親しみのある土地にしてくれた日々でもありました。

12月の初めのある日、長年のメル友さんから夢を語る手紙(メール)が届きました。長年がどれぐらいかというと、9年ほどです。わたしが韓国で暮らし始めたころから、このメル友さんは、わたしの心の支えでした。でも、始めた当初は、ケンカもしました。会ったことのない、どんなことをしているのか、どんな人なのか、全く分からない人に、わたしは身のまわりに起こったことや、韓国の日々の中で思ったことを書きつづっては送っていました。もしかすると日本にいる親友より、幼なじみより、わたしのことを良く知っている人かもしれません。会ったことのない、そして、当時は絶対会うことのない人だと思っていたから、思いきり日々の出来事や思いをぶつけることができたのだと思います。それは、今も変わっていません…。
メル友さんと知り合ったばかりのころのわたしは、メル友さんからの返事がわたしの思った通りの返事じゃないと、「どうしてこんな突き放したようなこと言うんだろう!」「この人は私の見方じゃないの???」「どうせ、ただのメル友だからこんな冷たいこと言えるんだ」なんて、思ってはその怒りをメル友さんにぶつけていたりしました。そして、なぜか、会うことのない人からのメールの内容に、焼きもちを焼いたりしたこともありました。
この1,2年は、以前ほど頻繁にメールを交わすこともなくなり、ふと思いだしたときに近況を伝える程度のものでした。
そんなある12月の初めのある日、メル友さんの「夢」が綴られたメールが送られてきたのです。
そして、その「夢」を読んでいくうちに、わたしの気持ちがその「夢」の中に入って行くのを感じたのです。
この夢にわたしも加わりたい。一緒にかなえてみたい。一緒に励まし合いながら夢を実現させていきたい。
そう強く思ったのです。そして、メル友さんの「夢」の中に、私がいることを「夢」みました。

その「夢」を実現させるためには、わたしがまずちょっと勉強する必要がありました。勉強の場所は東京です。東京…とても苦手な場所です。
夏休みに人形町をちょこちょこと歩いたり、ドラマの撮影に使われた勝鬨橋周辺を歩いたり、その他は神保町で本屋巡りをするぐらいしか、わたしは東京を知りません。知らないだけに遠い存在、居心地の悪い所でした。その東京に数日間滞在しなければならない…ううううう…どうしよう…です。

勉強…というよりはある授業に参加したのですが、その授業を開いている塾で、仙台からの参加なら、宿泊などこちらで紹介いたします…という親切さに安心し、国内ホームステイというスタイルで、東京に約1週間滞在。どこの馬の骨とも知らないわたしを、快く迎えてくださったのです。Uさんファミリーの温かさ。Uさん夫婦もこの塾の卒業生です。なので、分からないことがあれば、何でも訊くことができました。もちろん、答えなど教えてはくれません。まあ、答えなどないのですが…
Uさんのお宅には5歳になる女の子もいました。Mちゃんはすごくすごく元気で、はきはきしていて、背中に羽が生えているのかなって思えるくらい、ピョンピョン飛びまわっている女の子です。普段、子供とは距離のある、接することのないわたしには、Mちゃんとの時間もとても大切なものでした。Mちゃんと遊んでいるうちに、幼いころの記憶がふっと脳裏によみがえる。幼稚園に入る前に数か月間いた青森のこと、幼稚園の桜の木の下で、ひとりで桜の実を拾い集めたこと、砂場のキラキラした石のかけらを本気でダイヤモンドだと思っていたこと、帰りに先生からもらう肝油が好きで、後から食べようとポケットにしまったまま、何日もたっていて食べられなくなって悲しくなったこと…
Mちゃんがわたしにもう思い出せなくなっていた遠い遠い記憶を運んできてくれました。
それは、この夢のための授業と同じくらい、大切な大切な出来事としてずっと心の中にある、そう思っています。

メル友さんの「夢」のおかげで、小さい頃のわたしに出会いました。小さい頃の私も今の私も、根本的には何も変わっていません。元気で、明るくて、ときどき地獄の底まで落ち込むようなふりをして、犬や猫が好きで、お母さんをひとり占めしたくなることや、夢中で遊んで時間を忘れてしまって、怒られること(さすがにこれは今はないですけど)や、勉強が大嫌いなこと、世界名作劇場の歌が好きなこと…思い出せなくなっていたことを、思い出して、わたしを育てた環境を見て、本当に温かい気持ちになれたのです。

この気持ちはずっと持っていようと思います。
もう、思い出せないほど遠いところには追いやりたくない。

冬休みの出逢い
みなさんはどんな出逢いがありましたか。

***はなぶた***




# by makikobuta | 2012-02-13 01:02 | 日本のこと 일본의 일 | Comments(4) 

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