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空とんだ花ブタの日々

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韓国生活から宮城に帰って5年。趣味と備忘録におつきあいください♬

カテゴリ:日本でのこと 일본의 일( 9 )

おそい初詣

韓国の冬休みは12月にある期末試験が終わってから2月の終わりまで約2か月間。
学生たちは期末試験が終わってすぐ休みに入りますが、教員は試験の結果を出したり、
成績をつけたりするので、12月末までは仕事です。

学生たちに一足遅れて、お正月を迎えるのとほぼ同時に冬休みに入り、
お正月の混雑を避けて、でもお正月気分も少しは味わえるように、1月5日に日本、仙台に帰りました。
この休みは東京である「授業」を受けるために、ちょっと長めに日本に滞在することにして、いつもより1週間長い日本滞在でした。

去年、大きな怪我も病気をすることもなく無事に過ごせたお礼と、今年も穏やかに過ごせますようにと初詣へ。
家からほど近い青麻神社(あおそじんじゃ)へ。山に囲まれ、ひっそりと静まった神社をお参りするのは心地がよく、一月の冷たい空気が、だらけ気味の気持ちを引き締めてくれます。お参りをして、お守りを受けて、塩釜へ。
車を30分ほど走らせ、塩釜神社(しおがまじんじゃ)へ。
大きな神社ということもあり、正月三が日の後でも多くの人が訪れていました。
神社の中にある御神木を見に行きました。約40メートルの高さです。
カメラを構えても、わたしの小さなデジカメにはとても入りきらず、あきらめて見上げて手を合わせました。
そのとき一緒にいた母が
「この高さの津波が来たんだね」
ぽつりとそういいました。

想像をはるかに超える津波が襲った福島、宮城、岩手の海岸…
ニュースや新聞でその高さを数字で伝えてはいたのですが、なかなか想像することはできなかった。
それを、この御神木の高さで知った。
この高さの波が、水の塊が、襲ってきた…

ぞっとした…

そして、もう、こんな災害で人々が悲しまないようにと、手を合わせた。

信仰心があるわけではないけれど、なんだろう…社寺はわたしにとって落ち着く場所です。

***はなぶた***
by makikobuta | 2012-02-20 10:10 | 日本でのこと 일본의 일

出逢い その3

韓国に来て約9年…途中、日本に帰ったこともありますが、
1年もいなかったので、2003年からほぼ9年近く、韓国で暮らしています。
韓国に来たのは、日本語を教えるため、仕事のために来ました…と、言ってきました。
でもホントのところは違います。
大好きな人がいました。結婚の約束までしたけれど、結局、それは叶わず…。わたしは途方に暮れ、ひとりぽつんと取り残され、仕事をぽいっと捨てて日本に変えるわけにもいかず、胸の中に空いてしまった空洞をどうやって埋めていいのか分からなくて、ものすごくさびしい思いをしました。

結婚するはずのその人ともう、駄目かなあ…と思いはじめていたころ、その寂しさを埋めるかのようにある人に出逢いました。その人は、冷たくもこういうのです。
「会わない」
登録したメル友募集のサイトで、わたしのプロフィールを見て、メールをくれた人でした。
「会わない」という条件で(文字通りの)メル友になってください…。正直、「絶対会わない」ことを約束してくるなんて、どうかしてる、そう思いました。いつか、機会があったら会いたいな、なんてことを、寂しい思いでいっぱいだったわたしは考えていたからです。
だけど、わたしは「会わない」約束をして、メル友さんとのメールのやり取りが始まりました。文通みたいに…

そのメル友さんと約9年…今もメールのやり取り、ときどきは手紙のやり取りをしています。
メル友さんは自分の過去のことや周囲の友達のこと、それから日々のできごとなどを話してくれますが、どんな仕事をしているかとか、家族のこととか、年齢とか…を秘密にしてしまって、話してくれませんでした。
そんなメル友さんとは正反対に、仕事のこと、家族や友だちのこと、仕事のこと、今好きな人のこと…わたしはどんどんメールに書いては送っていました。今も同じです。
メールの上でケンカしたり、励ましてくれたり、笑ったり、泣いたり…もしかして本当は会っているんじゃないかって思うほど、近い存在になっていきました。
韓国での嫌なことも、嬉しいことも、このメル友さんは知っていて、もう何度も「日本に帰る」と言っては、「今年も韓国にいることにしました」と決めたことも知っています。
「韓国なんて大嫌い!」っていうメールを書くたび、
メル友さんは「また病気が始まった」そう思っています。
そしていつも温かく見守ってくれます。

始めたころは日に2,3通交わしたメールも、日が経つにつれ少なくなることもあり、去年はほとんどやりとりはありませんでした。ときどき思い出した時にメールを書くような気まぐれさで…

だけど、去年の12月…
メル友さんの「夢」を知って、わたしたちは会うことになったのです。
「生涯会うことのない」メル友さんに…。

メル友さんはズルをして、以前勤めていた日本語学校のサイトのアルバムで私の写真を見つけていたので、顔を知っていました。だけど、わたしは分かりません…まあ、名前を知ってはいるから、インターネットで探そうと思えば、いくらでも手段はあったはずなのですが、そうしなかった…知らなくてもいい、知らないほうがいい、そう思っていました。
どんな顔なんだろう?
どんな声をなんだろう?
どんな話し方をするんだろう?
どれぐらいの年の人なんだろう?

会うと決めてから、会うまでの時間。
緊張と不安と楽しみと…
複雑な思いで、その瞬間を待ちました。

目の前に現れたメル友さんは、ちょっと華奢な感じで、顔に皺がたくさんあって(おじいちゃんじゃありません!)、目がすごく優しい人でした。
笑うと目じりにいっぱい皺がよる…
うわ~、この人なんだ!!!
と、想像よりも上に見える年齢にちょっと驚いたりもして…

メル友さんは「おはようございます」
そう言って、話を始めました。

このリズム、話し方のリズム…知ってる。
メールの文章、そのまんま。声が、そのリズムに乗って、
メールの文章そのまんまでわたしの耳から体の芯に響いたのです。
聞いたはずのないその声が、いつも聴いている、親しみ馴染んだ声になっていました。
その心地よさは、一生忘れない…

9年という時間…
メールの中で、いろんな話をしました。
メル友という枠の中で。

これから、メル友さんの「夢」を一緒に叶えるために、歩んでいきます。
メル友さんは日本で、わたしは釜山で、夢に向かっていきます。
「夢」をこの韓国、釜山で実現させるために…

今日もメル友さんにメールしながら…

***はなぶた***
by makikobuta | 2012-02-17 11:53 | 日本でのこと 일본의 일

出逢い その2

メル友さんの「夢」にわたしも加わることにして、実現のため、東京に滞在してた数日間。
仙台人のわたしがこんなに長く東京にいたのは初めてでした。
まず、授業に参加するために1月の下旬は東京に1週間。
そして、ステップアップのための授業に参加するため2月の初めに6日間。
2週間近くを東京で過ごしたのですが、たぶん、この冬休みだけではなく、これから休みごとに東京に滞在して「夢」の実現に向かっていくことでしょう。

毎年毎年、いろんな人と出あいます。一次的なこともあれば、しばらく続くこともあります。しばらく一緒にいて、離れて、また出あったりもします。わたしが暮らしている釜山にいる友だちは、釜山の生活の中でわたしにはかけがえのない、いてもらわないと困ってしまうほど…それほど大切な友達です。でも、「いてもらわないと困る」という人は、その友だちだけではなく、わたしが関わっている総ての人がそうなのですよね。もっといえば、私が関わっている人のまわりにいる人たちも、その周りの人たちも…いなくてはらない存在なのです。
そんな大切なことを体で分かったのです。
知ってはいました。みんな大事な存在なのだと言うことは…でも、しっていただけで、分かってはいなかったのです。

いつもの休みのように仙台にいたら、会うことのない人たちに会うことができました。
自分が行動することで、「出逢い」というものは必ず起こるものですね。
無人島などに行かない限り、自分の殻に閉じこもらない限り、出逢いはあります。
出逢ったら、ずっとずっと大切にしていけたら…そう思います。
べったりと一緒にいることだけが大切なのではなく、普段は遠い所にいても、毎日連絡を取り合うようなことはしなかったとしても、ふと、思い出したときに「元気?」なんて気軽に話しかけられる楽しさ。その時間はその人のことをちゃんと見つめていられること。それが大切にすること…なのかな。
上手く言えないけど、わたしはそう思っています。

この冬休みに出逢った人たちは、みんな日本で生活しています。きのうまで日本にいた私は、今日は海を隔てた韓国にいます。
大した距離じゃないとは言っても、離れていることには変わりない。
だけど、今の時代、嬉しいことにインターネットなんて言う、時間の枠を超えてしまうようなシステムがあるのです。非常に心強い。
これを使えば、ここにいても日本にいる友人たちに、仲間に、家族に、大好きな人に会える。

だから私はまた今日も、パソコンの前に坐って、
メールやブログを楽しんでいます。
わたしが叶えたい「夢」のために…

***はなぶた***
by makikobuta | 2012-02-13 01:51 | 日本でのこと 일본의 일

出逢い

気がつけば、古い日付のまま12月が、お正月が、1月が過ぎていました。
ひさしぶりの更新に、さて…何から書こうかなと、キーボードをたたきながら考えています。
12月に引っ越した釜山の新しいアパート(ワンルーム)で、パソコンに向かっています。
上の階の人の生活音が時々聞こえてくるぐらいで、とても静か…。

静かすぎるので、弟から借りてきたCD「沖仁」をかけています。

この冬休み、かけがえのない、忘れることすら意識できないほどの日々を送りました。それはわたしにとって遠い存在だった「東京」という街を近しく親しみのある土地にしてくれた日々でもありました。

12月の初めのある日、長年のメル友さんから夢を語る手紙(メール)が届きました。長年がどれぐらいかというと、9年ほどです。わたしが韓国で暮らし始めたころから、このメル友さんは、わたしの心の支えでした。でも、始めた当初は、ケンカもしました。会ったことのない、どんなことをしているのか、どんな人なのか、全く分からない人に、わたしは身のまわりに起こったことや、韓国の日々の中で思ったことを書きつづっては送っていました。もしかすると日本にいる親友より、幼なじみより、わたしのことを良く知っている人かもしれません。会ったことのない、そして、当時は絶対会うことのない人だと思っていたから、思いきり日々の出来事や思いをぶつけることができたのだと思います。それは、今も変わっていません…。
メル友さんと知り合ったばかりのころのわたしは、メル友さんからの返事がわたしの思った通りの返事じゃないと、「どうしてこんな突き放したようなこと言うんだろう!」「この人は私の見方じゃないの???」「どうせ、ただのメル友だからこんな冷たいこと言えるんだ」なんて、思ってはその怒りをメル友さんにぶつけていたりしました。そして、なぜか、会うことのない人からのメールの内容に、焼きもちを焼いたりしたこともありました。
この1,2年は、以前ほど頻繁にメールを交わすこともなくなり、ふと思いだしたときに近況を伝える程度のものでした。
そんなある12月の初めのある日、メル友さんの「夢」が綴られたメールが送られてきたのです。
そして、その「夢」を読んでいくうちに、わたしの気持ちがその「夢」の中に入って行くのを感じたのです。
この夢にわたしも加わりたい。一緒にかなえてみたい。一緒に励まし合いながら夢を実現させていきたい。
そう強く思ったのです。そして、メル友さんの「夢」の中に、私がいることを「夢」みました。

その「夢」を実現させるためには、わたしがまずちょっと勉強する必要がありました。勉強の場所は東京です。東京…とても苦手な場所です。
夏休みに人形町をちょこちょこと歩いたり、ドラマの撮影に使われた勝鬨橋周辺を歩いたり、その他は神保町で本屋巡りをするぐらいしか、わたしは東京を知りません。知らないだけに遠い存在、居心地の悪い所でした。その東京に数日間滞在しなければならない…ううううう…どうしよう…です。

勉強…というよりはある授業に参加したのですが、その授業を開いている塾で、仙台からの参加なら、宿泊などこちらで紹介いたします…という親切さに安心し、国内ホームステイというスタイルで、東京に約1週間滞在。どこの馬の骨とも知らないわたしを、快く迎えてくださったのです。Uさんファミリーの温かさ。Uさん夫婦もこの塾の卒業生です。なので、分からないことがあれば、何でも訊くことができました。もちろん、答えなど教えてはくれません。まあ、答えなどないのですが…
Uさんのお宅には5歳になる女の子もいました。Mちゃんはすごくすごく元気で、はきはきしていて、背中に羽が生えているのかなって思えるくらい、ピョンピョン飛びまわっている女の子です。普段、子供とは距離のある、接することのないわたしには、Mちゃんとの時間もとても大切なものでした。Mちゃんと遊んでいるうちに、幼いころの記憶がふっと脳裏によみがえる。幼稚園に入る前に数か月間いた青森のこと、幼稚園の桜の木の下で、ひとりで桜の実を拾い集めたこと、砂場のキラキラした石のかけらを本気でダイヤモンドだと思っていたこと、帰りに先生からもらう肝油が好きで、後から食べようとポケットにしまったまま、何日もたっていて食べられなくなって悲しくなったこと…
Mちゃんがわたしにもう思い出せなくなっていた遠い遠い記憶を運んできてくれました。
それは、この夢のための授業と同じくらい、大切な大切な出来事としてずっと心の中にある、そう思っています。

メル友さんの「夢」のおかげで、小さい頃のわたしに出会いました。小さい頃の私も今の私も、根本的には何も変わっていません。元気で、明るくて、ときどき地獄の底まで落ち込むようなふりをして、犬や猫が好きで、お母さんをひとり占めしたくなることや、夢中で遊んで時間を忘れてしまって、怒られること(さすがにこれは今はないですけど)や、勉強が大嫌いなこと、世界名作劇場の歌が好きなこと…思い出せなくなっていたことを、思い出して、わたしを育てた環境を見て、本当に温かい気持ちになれたのです。

この気持ちはずっと持っていようと思います。
もう、思い出せないほど遠いところには追いやりたくない。

冬休みの出逢い
みなさんはどんな出逢いがありましたか。

***はなぶた***
by makikobuta | 2012-02-13 01:02 | 日本でのこと 일본의 일

終わっちゃったー

毎週楽しみにしていた「龍馬伝」が終わってしまいました。
始まればいつか終わりがあるもの。
大河ドラマにしては珍しく、「篤姫」と同じくらい、「龍馬伝」も楽しみにして見ていました。
もう福山龍馬が見られなくなるのも、ちょっとさびしい。
でも、福山龍馬はちょっとかっこよすぎ?だったような気がします。
もうちょっと、ダサくても(?)、所帯じみていてもよかったよーな…
ま、そういう役を「弥太郎」役の香川さんがしてくれたのでしょう。

高知の海がきれいでした。
まだ四国に行ったことがないので、一度、高知の桂浜海岸に行きたいなあ…

見ているドラマもそろそろ終盤です。
ドラマが終わってしまうと、おもしろくないバラエティのスペシャルです。
スペシャルはおもしろくない!!!
時間で十分。
むかーし、この時期に楽しみにしていたものがあります。
野球の「珍プレー・好プレー」。
みのもんたさんのナレーションのあの番組が懐かしい。

バラエティーが始まってしまったら、読書の時間です。
この冬は思い切り本を読みます。
幸い、読まなければらない本や日本から送ってもらった本もたーっぷりあります。
これでこたつがあったら、もっとうれしんだけど…
by makikobuta | 2010-11-29 21:15 | 日本でのこと 일본의 일

夏休み、それから。

久しぶりに夏を日本で過ごし、ただいま釜山です。
今年は日本全国どこもかしこも猛暑猛暑で、わが故郷仙台もしかり。
それでも、高校時代の親友と親友のお姉さんに会い、幼なじみのM姉妹とYちゃんにも会い、高校時代の部活の先輩にも会い、うちの掃除をちょこっと手伝い、家族ドライブもして、遊ぶことに関してはしっかり楽しみました。
7年ぶりに七夕も見に行きました。
7年前に比べると、一番上に飾られている大玉(?)が幾分小ぶりになった気もしなくはないのですが、7年前よりセンスが良くなっていたことに感動しました。手作り感があって、日本らしさが表現されていました。日本の不景気はもちろん仙台の七夕にも響いているんだろうと思うのですが、それでも、味のある、温もりのある吹き流しなどを見ていると、夏の仙台を過ごせたことを幸せに思います。

大好きな運転もしました。
今回は福島の会津地方へ。
スカイライン→レイクライン→ゴールドライン
を家族とドライブ。スカイラインからレイクラインへ入る手前にある五色沼付近のリゾートホテルを見て、つぎはここで一泊しようね~!とか、新しく見つけられた滝に「まぼろしの滝」という名前がつけられていることで笑ったり、クマ出没注意の看板が立てられている道を観光客がどんどん入っていくのを見て怖がってみたり、吾妻小富士と夏の空の美しさに「きれいだね~」と何度も何度も繰り返したり、両親と妹とのドライブを満喫してきました。
帰り道、ある道の駅(名前が思い出せない!)で食べた、そばソフトクリームの美味しかったこと!
やっぱり、日本にはおいしいものが多いなあと思ったのでした。
スーパーのアイスにしても、ジャンクフードにしても、コンビニのデザートやパンにしても、おいしさを中途半端にしない。ちゃんと美味しくする探究心が備わっている国民なんでしょうね。
日本を離れて生活していると、一年に一度か二度の日本滞在が至福のときだったりします。
日本にいると、今いる釜山に戻りたくないという気持ちがどんどん強くなってしまい、戻る日の前日には涙が止まらなくなったりしますが、それでも、こうして戻ると自然と覚悟する気持ちが湧くのかなんとなく力が出てくるものです。

でも、やっぱり今回も、ちょっとつらかったなかあ…

弱音吐いて、愚痴をこぼすどころか湯水のごとく流し、それを叱りながら、笑いながら聞いてくれた家族、友だちに感謝します。

ありがとうございます!

釜山での生活をまたいつものように、いつ更新するか分からないペースで書いていきますが、
ときどきぽろっと思いだしたら、ここに遊びに来て下さい。

どこにいても変わらない、しっかりしているようで間抜けている、何考えているか分からない(自分でもわからない!)、へらへら~と笑っている私に会えるでしょう!

釜山は風が涼しいですよ~
でも、わたしの汗は元気に滴っています。
by makikobuta | 2010-08-17 18:16 | 日本でのこと 일본의 일
フジテレビ開局50周年記念ドラマで
『わが家の歴史』が9日、10日、11日の三夜連続で放送されています。
みなさん、ご覧になりましたか?
三谷幸喜さん(ご自身)がおもしろいので、この『わが家の歴史』も楽しんでいます。

時代は昭和2年から37年。
わたしが生まれるずーっと(でもないか…)前の話。
うちの父が昭和17年、母が23年生まれですから、両親が子供のころから成人するころまでの話です。ちなみに物語が終わる昭和37年にはまだ両親は出会っていません。

この『わが家の歴史』を観ていると、昭和の時代の大スターや、政治家、事件、ニュース、自然災害などが出てきます。知っていることもあれば知らないことも…。
ドラマは「八女家」が中心となって、その八女家から見える日本の昭和の歴史を映し出しています。八女家から見える所だけ。
そこがまた面白く、身近に感じられる。
八女家の明るさや、時代にほんろうされない強さが、ドラマの心地よさを与えてくれています。
実際は深刻なはずなのに、そこにはやはり「ドラマ」というフィクションがある。
それはきっと観る側に「こんな時代もあったねと、いつか笑って話せるわ」という、
エンディングに流れる中島みゆきさんの『時代』にあるように、
ノスタルジックな心地よさに浸れるようにしてくれているのだろうと思います。

このドラマを見て、ちょっとだけ「うち」の歴史が聞きたくなりました。
ちょっとずつは聞いているものの、もっとよく知りたいなあ、と。

戦争の話はいっしょに住んでいた祖母から、少し聞いたことがありました。
そのころ、東京に住んでいた祖父と祖母は生まれたばかりの父をおぶって
東京大空襲の中を逃げたとか、防空壕の中の様子とかを小学生の私に話してくれました。

父が5歳のころ東京から仙台に移ってきました。
当初、父は近所の子供たちが話す言葉が分からなくて外に出たがらなかったこと、
水道も引かれていないことや、
東京に比べたらまだまだ不便な仙台の暮らしに祖母の体重が急速に落ちてしまったこと、
いろんな話を祖母から聞きました。
残念ながら、祖父は私が一歳半の時に亡くなってしまったので
祖母や両親から伝え聞く祖父の思い出しかわたしには残っていません。

わたしが生まれる前のこと、生まれてから記憶に残る前までのこと。
今度うちに帰った時には、そんな話をちょっとでも聞けるような時間があればいいなあ…。

『わが家の歴史』観ようっと!

**花ブタ**
by makikobuta | 2010-04-11 20:02 | 日本でのこと 일본의 일

春とブタ

日本にいる幼なじみは一週間に一度くらいの間隔で手紙を送ってくれます。
小さい頃ふたりでしていた交換日記が今は手紙になってつづいています。
今日、届いた手紙の中に春が入っていました。

こんなすてきなシール、なかなか韓国では見つけられません。
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友だち作。桜のはんこ
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友だちの妹作。「蔵書票」すばらしいっ!!
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文房具が大好きなので、こういうのを見ると、自分でも作ってみたくなります。
江陵にはシンプルでセンスのいい便箋がなかなかないので、もう自分で作るしかない!
期末考査が終わったら、作るぞ~~っ!

eちゃん、わたしにも作り方、教えてねっ!

少し前に高校時代の親友が神戸旅行のお土産に送ってくれました。
ブタ好きのわたしに・・・
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by makikobuta | 2007-04-11 18:11 | 日本でのこと 일본의 일

文化の日

今日は文化の日。
金曜日ですから、ラッキーな人は3連休ってことですね。
いいなあ~~

韓国は日本に比べると祝祭日が少ないです。
しかも、振り替え休日なるシステムがないのです。
今月、日本は今日の文化の日と、23日の勤労感謝の日がありますね。
韓国には、、、祝日がない(泣)
日本が祝日になるたびに、院長先生に
「日本語学院なんだから、日本のカレンダーどおりにしませんか?」
と提案しますが、
「そうですね」
と一笑されて終わりです。

来週の初めから、気温がぐっと下がるそうです。
学院では今日ストーブを出しました。練炭のだるまストーブ。
これから春までよろしくね~。ストーブ君!

それでは、休みの人もそうでない人も、週末、楽しんでください。
주말 즐겁게 보냅시오.

안녕!

**꽃돼지**
by makikobuta | 2006-11-03 14:57 | 日本でのこと 일본의 일